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 『越後のちりめん問屋の隠居で三右衛門です。』とはテレビ局の長寿番組「水戸黄門」のセリフだったが、50代60代70代80代90代100歳代の視聴者なら記憶にあると思う。時代設定は5代将軍綱吉の頃かぁ?江戸時代260年間、内乱は無く平和が続いた。当然の事ながら産業、文化、も旺盛を極めた事だろう。昨今の分析だと江戸の人口は約100万人で武家が50万人、その他、農工商が50万人との事だが、非生産人口の武家が主な消費人口で経済が循環していたとの事だ。さて、前置きはこのくらいにして9月に入り台風も過ぎ去り少し暑さが遠のきクルマでブラっと隣町までドライブしてみた。あてもなく産業物産館とその土地の名産品や今現在の商工業品の展示と説明などがあったので見て来た。350年前にさかのぼり時代を反映してきた繊維産業の歴史は一般住民の仕事と収入に直結していた事と支配階級の思惑と税金(年貢)などの絡みもあり産品との掛け合わせと地域経済予算の計画に影響を与えたものだろうと推測できる。例えば富山県の名産品『鱒のすし』は古き時代の歴史そのモノだ。それも遠い昔、当時の藩の役人が神通川に上ってくる鱒を加工しておいしいものは作れないものかと悪戦苦闘の末開発したと観光名所には案内が記述されていた。中央幕府にも献上され、その素朴な味を将軍も味わったかも知れない。現在では加工販売の拠点も観光スポットとして観光客も立ち寄り『ますの寿司』を買って帰る。日本各地に残る名産品の数々どのくらいあるのだろうか?伝統の技が伝承出来ずに廃業もやむなくと言う現状もあるようだ。伝統の技の味が売れるか売れないかにかかっているのだろう。伝統の技法を引き継ぐには体力、気力、努力も必要不可欠で後継者が居ないためその現状をリポートしたテレビ番組も記憶に新しい。さて、自分が住んでいる地元近辺はどうか
?これがまた結構あるではないか、ただ庶民が素材を購入して自分好みに衣服を仕立てるなんてレベルの素材の価格ではない。幅が約40センチくらいか、長さは12.5メートルだそうだ。素材は絹織物、布のロール巻き状の素材だ。値段は22万円、素材としては天然素材で肌には良いかも知れないが高額な商品だ。他にも天然素材はあったが高額だ。我々、現代人は現在、あたまのてっぺんから足の先まで、外国製の服飾を身に着け日々、暮らしてはいるが350年前は輸入品など地方都市にある筈もなく庶民は天然素材の着物を身にまとい日々の暮らしで、その姿を日の光の元、ろうそくの明かりの元、時代を駆け抜ける以外、方法がなかっただろう。(太郎)